Posted on 2009/05/07 10:57 PM by kazu – Be the first to comment
ニュージーランド人はとにかくよく飲みます。とりあえずビールから始まる人がほとんどですが、基本的にはスピリッツ系やワイン等なんでも飲む人が多いです。おそらく元々娯楽の少ない国な為、友達と飲んで騒ぐのが、楽しみの中で大きな比率を占めていると思うので。
幸い自分はそこそこイケる口だったので、ニュージーランド人やフィジー人とビールの一気飲み競争をしたり、ロシア人とヴォッカを飲んだりと、とにかく酒の席には参加するようにしていました。過去一度だけ倒れて記憶が無くなったこともあるのですが、その時はどうも石段から前のめりに落ちたらしく、朝自分の部屋で目が覚めると、擦り傷だらけでビックリしたことがあります。ちなみにその日はそのまま地元サッカーチームの試合に出たのですが、フィールド上でかつてない程に気持ち悪い二日酔いだったのは今でも覚えています。
酒の場で仲良くなった人とは素の時にもう一度会う
前にもちょっと書きましたが、自分にとってはこの酒の場というのが友達を作るのに非常に有効な場でした。基本酔っ払っている時は、初対面の人に対して過剰に気を使ったりすることもなく、フランクに誰とでも話せる空間が多かったですし、とりあえずその場で面識だけ作っておけば、後日アルコールの入っていない素の時に会っても「あーあの時は」と話のきっかけが出来ます。
そう考えると、よりフランクな交友関係を広げる為に、自分にとっては酒の場は切っても切れない関係だったかもしれません。飲む飲まないよりも、その場に居た事により、新しい人と知り合えたりしましたし、バーだけではなく友達のフラットでのFlat Warming(引っ越し直後の歓迎会みたいな)の場で、さらに友達の友達とも仲良くなったりしましたし。
ちなみに日本では成人式の20歳が人生の一つの節目だったりしますが、ニュージーランドでは21歳の誕生日が一番大きい誕生日です。しかも日本と大きく違うのは、誕生会の企画・計画は、基本的に誕生日を迎える本人が行い友達を集めます。ビールも樽ごと買ってきて、基本アルコールは無料みたいな感じが多いです。なので、実はあまり知らない人も混ざっていたりもしますが、そこでまた友達が増えたりなんかも。
また、その21歳の誕生日にありがちなのが、誕生日を迎える本人の年の数分のショット(21杯)、または、ヤーディーと呼ばれるヤード・グラス(2Lくらい)でのビール一気でしょうか。とにかく21歳の誕生日は酒で潰れるのが基本。
とここまで書くと、アル中の国みたいに聞こえるかもしれませんが、もちろん全くお酒を飲まないニュージーランド人もいたりします。そんな人でも酒の場には結構出てきて、楽しくバカ騒ぎしてたりも。
Posted on 2009/04/30 10:19 PM by kazu – Be the first to comment
一人の時間は作らない
大学の寮なんかに住んでて一番感じた事。それは、一年を楽しく前向きに過ごす為には、始めの数週間が一番大事だということでした。その初めの数週間の頑張りでその一年が楽しいものになるのかどうか決まると言ってもある意味過言ではないでしょう。
というのも、一年の始まりはほぼ皆初対面です。なので自己紹介だったり、誰かの部屋に集まってみたり、とりあえず飲みに行ったりするわけですが、そこで出遅れると友達を作る絶好の機会を逃すことになります。ある程度グループが決まってきたくらいの時に、「出遅れた!」と思ってもそこから自分のポジションを作るのはなかなか大変だったりしますし。
自分もスタートダッシュに出遅れた年がありましたが、そこから取り戻すのはなかなか至難の技でした。結局取り戻せずに、こんなはずじゃないんだけどなーとパソコンを眺めて過ごした年もありましたし。そして、そんな状況で失敗を繰り返しつつ身につけたのが、スタートダッシュ時は「とにかく一人の時間を作らない」ということです。なんか誘われたらとりあえず断るなと。一回断ってしまうともう誘われなかったりもするので、まず一回はその友達の誘いの乗っておくことをお勧めします。別にラグビー知らなくたって、誘われたらやってみるべきだと思うし、飲みに誘われたら飲みたくなくてもとりあえず行ってみるべきだと。そうやっていって徐々に自分の生活リズムを作っていけると、驚くほど簡単にいろんな友達ができます。
部屋のドアは開けたままで
その他に自分が常に心がけていた事は、例え自分の部屋に居たとしても、外から中の様子が分かるように、常に部屋のドアは開けておくということでした。要は、誰でも声を掛けやすい状況を作っておく事です。自分がAucklandで住んでいた大学の寮は、敷地内に4人住まいの一軒家が30戸くらいあるフラット群みたいなところでしたが、とにかくオープンな環境でした。NZ人も居れば留学生もいるし男女一緒のフラットもあったりと完全にミックスした環境です。玄関をあけっぱなしにしておいて、隣の家に裸足で入って行って「おーい」なんてことはしょっちゅでしたし。あと、夕方くらいになると、一人二人とフラットの外に出てきて自然と人数が集まると、塀を飛び越えて隣の芝のグランドでタッチラグビーが始まったりと。で、晩飯時には適当にその辺の家でテレビとかスポーツ中継を見ながら晩飯を食べたり、誰かが借りてきたガスコンロ式のBBQセットを囲んでビールを飲んでコンクリートの路上に転がったり。そんな感じでいろんな国の人と接しつつ、日常会話やら勉強の話やらくだらない話をして毎日時間が流れていたので、部屋に籠ってしまうとめちゃくちゃ損をします。それでも自分の部屋のドアを締めたままにしますかと。
とりあえず上記二つをやっておけば、とりあえずスタートダッシュに乗り遅れることはないと思います。一度波に乗れてしまえば後はどうにでもなるので、新しい環境で戸惑ったとしても、最初だけ頑張れれば、きっと凄く充実した一年になると思いますし。
Posted on 2009/04/23 08:26 AM by kazu – Be the first to comment
自分が初対面の人と仲良くなるための秘訣が二つありました。一つは酒で、一つは笑い。今回は笑いの有用性について書きたいと思います。お互いに相手をよく知らない場合や言葉がわからない場合、とりあえずこれは鉄板でしょう。なんせ言葉という表面上のツールではなく、その奥底の感情で直接コミュニケーションをとることになるので。
笑いから生まれる仲間意識
ニュージーランド1年目、ハイスクールに入ったばかりの時でした。ろくに英語も分からず身振り手振りのボディーランゲッジで生活していた頃、ハイスクールの先生に部活に入ることを勧められます。いちお自分は日本でサッカーをやっていたので、その流れでサッカー部に入ることにしたのですが、まず指示がわからない、練習がわからない。当時サッカー部は1軍2軍とあったのですが、それぞれ15名づつくらい在籍していました。その中で、留学生は自分一人のみだったので、英語がわからないのは本当に自分だけ。毎日がAWAYの連続でした。
幸い部活がスポーツ系だったのが救いですが、そこのサッカー部はそこそこ強く、合宿なんかに行くと30名弱でバスに乗ってNapierからTaupoだったり、Palmerston North、時にはHamiltonだったりに移動したりで、中には一週間共同生活で毎日試合という週もありました。
で、合宿なんかに行くと試合後の宿の誰かの部屋にみんなが集まってテレビを見ながら話していたりする場があったりします。その頃自分もヒアリングはそこそこ問題なくなってきたのですが、どうしても自分から言葉が出ない。でもやはり反応を求められるわけですが、全然選択肢はありません。なので周りの空気や会話を読みつつ、誰かが面白いことを言ったりやったりするのを見て、それを盗み、今度は絶妙のタイミングでそれを繰り出したりしてました。パクリかもしれませんが、笑わせたもの勝ちというか。要は向こうが言っていることを自分が理解しているのは、向こうにも分かっているんだけど、まだキャッチボールが出来ない状態とでもいうのでしょうか。そんなときの秘訣は、ボールが自分に投げられてきたら、ボールじゃなくてもいいのでなにか投げ返してあげることです。
そうやっていると徐々に「こいつは面白いやつ」と周りに思われ、自分がいる場所が出来てくるので、時間と共に場をこなすことにより自分の英語力もアップし選択肢も増えてきて、会話ができたりするようになってきました。もちろんそこでもユニークさは大事なので、常に向上心をもって、周りの面白い人が何をやっているか、よく観察してたりはしましたが。
自分が経験から学んだ事としては、例え初めは言葉が通じなくても、まずは感情でコミュニケーションが取れるようになれば、自然と言葉も覚えられるようになってくるので、英語の勉強にも感情を入れるようにしてみるとより効果的になるんじゃないかなと思います。
Posted on 2009/04/18 06:00 PM by kazu – Be the first to comment
誰にでも平等に接することができる人
ニュージーランドでの生活を振り返ってみて、いろんな友人ができましたが、その中でもグローバルな人と言うのはこういう人のことなのだろうと強く思える友人がいました。それぞれ違った環境で生まれ育ち、人種も様々でしたがそんな彼ら彼女らに共通して言えること。それは誰にでも平等に接していたということです。
自分の経験から言うと、留学したての頃、あまり英語は話せなかったのですが、そんな自分にも対等な立場で接してくれて言いたいことを理解しようとしてくれたハイスクールの友人。それぞれ育ったバックグラウンドは違えど、平等にチャンスを与えてくれた友人。また、これはより多くの人種がいる都市部に見られる傾向だと思うのですが、何か毎日を楽しんでいる人、魅力的な人ほどオープンで、いろいろな人種の友人が多く、いろんな人に平等に接しているように思いました。ちなみに余談ですが、オークランドはアメリカのロザンゼルスよりも多くの人種が生活している街で、当時自分が学んでいた大学の科目の先生によると、なんでもその人種の数は世界一の街なのだとか。
では、なぜ多くの人に平等に接することができるのでしょうか。それはおそらくその人自身が、自身の感性を大事にしているからなのではないかと思います。よく日本ではマスコミの影響で意見が流されてしまう人が多いですが、自分が感じた、人に平等に接することができる人というのは、自分の価値観で物事を見て、自分の価値観でいろいろなものに接し、自分の価値観を更に磨こうとしている人達なのではないかと思います。つまりそういう、前向きに新しいものを受け入れようとしている人、変化を歓迎している人こそ、本当の意味でのグローバルな人なのではないでしょうか。
これから留学を考えている人、また、これからの国際化・グローバル化とはなんなのかを考えている人には、まずは今の自分の価値観を大事にすること、そして、その自身の価値観をベースに、新しいものを受け入れ、どんな人にも平等に接してあげて欲しいと思います。そしてもし、身近にそういう人が既にいるのであれば、その時はその人から学び、お互いに尊敬しあえる人間関係を築いてください。単に英語が話せるということよりも、もっと大切なことだと思います。